伝説のイエローブルース 「大木トオルミュージアム」

 燦々ぬまづ大使であり、全米で活躍をされている「大木トオル」氏にスポットを当て、大木氏のコレクションを基に現在の音楽シーンに多大なる影響を与えた往年のブルースマン達との様々な思い出の品と、音楽のルーツを探る展示


日 時: 平成18年7月5日〜8月7日
場 所 ぬましんストリートギャラリー
主 催 沼津信用金庫
コレクション関係の問合せ  NPO法人沼津観光協会
共 催: ぬまづサマーガーデン実行委員会 NPO法人沼津観光協会 まちの情報館
国際セラピードッグ協会 しずおかセラピードッグサポートクラブ


大木トオルプロフィール

東京日本橋人形町に三代続く江戸っ子として生まれる。
1967
年、音楽活動を始め、1976年渡米。
唯一東洋人ブルースシンガーとして初めて、米国労働省の認可を受け、アメリカ合衆国に永住する。
全米ツアーの成功とともに、アルバート・キング、ベン・E・キングなど多くのビッグアーティスト達とレコーディング及び共演する。
ブラックミュージックの伝統、ミシシッピー・デルタ・ブルース・フェスティバルに東洋人として初めてスペシャルゲストとして迎えられるなど人種の壁を乗りこえて輝かしい足跡を残す。
'79
年凱旋公演にて来日以来、毎年ジャパンツアーを成功させると共に、日米のブラックミュージックの架け橋として多大な功績を残し、ミスターイエローブルースと称賛されている。
尚、ゼネラルプロデューサーとしても多くのビックアーティストを育成す。
動物愛護家として日米の友好・親善に貢献し、現在セラピードッグの育成のバイオニアとして世界へセラピードッグ(動物介在療法)の普及を二十五年に渡り行い、障害者施設、老人施設等にて活動を続ける。米国ニューヨーク州老人ホームでの活動を始め、日本に於いても東京都中央区の公立施設を始め、各地の施設などで活動し、多くの成果を出し各地で実施している。


準備の様子


Blues

歴代の偉大なるブルースマンを紹介しながらその人達にまつわる品々の展示

アルバートキングのベース
ミシシッピーデルタブルースフェスティバルのポスター
マディーウオーターズ・BBキング・アルバートキング
ロバートジョンソン・ジョンリーフッカー・バディガイ等



Profile&History&Discograrhy

渡米後のコンサートのポスターや・コード関係、・テージ衣装・バッグ・の展示
 大木トオル氏の年代的なビジュアルをお楽しみください


Friends

ローリングストーンズのミックジャガー&キースリチャード・ジミヘン
ビリージョエル・ステーヴィレイボーン・Drジョン・エルビンビショップ等
ベンEキングとの競演



Japan

日本で開催したコンサートのポスター等
セラピードック関係
・沼津燦々大使



ブルースとは・・・?

19世紀の末頃、ミシシッピー州の黒人達によって生み出されたゴスペルを基に誕生ものである。
差別を受けながら、綿花畑などで重労働に従事し、苦しい生活を送っていた黒人達の心を表現するための音楽。
南部ミシシッピーで生まれたブルースは、やがて全米各地に広がっていく。そして、それぞれの街で、その土地ならではの色を持ったサウンドに育っていった。中でもブルースの新天地として大きいのはシカゴである。40年代から50年代にかけ、多くの黒人達が南部での厳しい生活から逃れて北部の都市へ移住するようになった。彼らは、ミシシッピー河周辺を沿って北上し、メンフィス、セントルイスなどの都市で新たなブルース・シーンを作り上げていった。その北上の旅で最も大きなブルースの1ページを作ったのがシカゴだったのである。


シカゴでは、ミシシッピーからやってきたマディー・ウォーターズらのブルースマンが、ミシシッピーで培ったブルースをベースにエレクトリックのバンド・スタイルのブルースを演奏するようになった。シカゴ・ブルース黄金期の幕開けであり、これは後にロックのバンド・スタイルにも大きな影響を与えた。その後60年代に、ローリンズ・ストーンズ、ジミ・ヘンドリックス、クリームなどブルースに強く影響を受けたロック・バンドが次々に登場した。